ARTES インフォ*クリップvol.165「代表ふたりのベスト・オブ2021!」号

続いてアルテス代表のふたり、木村元と鈴木茂が昨年1年間に体験した
音楽や読書などから選んだベスト・オブ・2021をどうぞ!

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■ 代表ふたりが選ぶベスト・オブ2021
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【木村 元】
◎全般
一昨年、初の著書『音楽が本になるとき──聴くこと・読むこと・
語らうこと』(木立の文庫)を上梓したことがきっかけで、桜美林
大学リベラルアーツ学群で半期だけですが「編集の技法」という少
人数の演習を担当。最初の数回は対面で授業をおこなえたのですが、
緊急事態宣言が発出されて全面オンラインに。“顔出し”しない学生
に向けて、虚空に向かって喋り続けましたが、授業後のリアクショ
ンペーパーやレポートなどをつうじて、学生たちの意欲と感性にふ
れることができ、たいへん充実した数カ月となりました。今月発売
される拙著第2作『音楽のような本がつくりたい──編集者は何に
耳をすましているのか』(木立の文庫)は、そんな経験をふまえて、
前著よりも編集論、メディア論に力点をおいた内容になったと思い
ます。

音楽が本になるとき──聴くこと・読むこと・語らうこと
https://kodachino.co.jp/books/9784909862105/

音楽のような本がつくりたい──編集者は何に耳をすましているのか
https://kodachino.co.jp/books/978-4-909862-20-4/

いっぽうプライヴェートでは、昨年は8月に父が、9月に義母が他界
し、自分にとって大きな節目の年となりました。父の自伝(木村敏
『精神医学から臨床哲学へ』ミネルヴァ書房、2010)に、「父が死
んだとき、これからは自分の方針に自分で責任をもたねばならない
と思ったし、母が死んだときには、これで自分の出発点を自分で引
き受けねばならないという気持ちをもった」とあります。父は未来
を、母は過去を規定する存在だということでしょうか。

父も義母も、最後の数年は老人ホームで生活しました。施設の方々
に親の生命をゆだねることは、それぞれに大きな決断でしたが、ケ
アラーの方々の生き様を見せてもらったことも、家族にとってはこ
れからの大きな財産となりました。思えば、ケアといういとなみは、
編集者がやっていることにも近いところがあります。当事者の願い
を、それがどんなに小さなものであっても掬いとり、理想論ばかり
でなく現実の制約のなかでそれを最大限に実現していくこと(義母
は脳内出血の後遺症で話をすることができませんでしたから、「声
にならない声を聴く」という、より難易度の高いタスクを施設の方
々は引き受けてくださいました)。そして、そのケアの内容を、さ
さいなことであっても言葉にして、家族に語ること。「言葉にして
ひらく」──これは本づくりの本質でもあります。

アルテスが創業15周年を迎える今年も、これまでどおり音楽を愛す
る人のための出版を継続していきますが、その深いところで「ケ
ア」という視点を得ることができ、あらたな心がまえで仕事に取り
組むことができそうな気がしています。

◎本
昨年は新潮社の国際情報サイト「フォーサイト」から依頼を受け、6
月と12月にそれぞれ1本、書評を書きました。

【ブックハンティング】
「おすすめプレイリスト」を聴いていては、真の「音楽の民主化」
は達成できない
──猪木武徳『社会思想としてのクラシック音楽』(新潮選書)
https://www.fsight.jp/articles/-/48023

【2021年 私の読書】
The Touch of E-book──電子書籍に官能性があるとしたら
──永田希『書物と貨幣の五千年史』(集英社新書、2021)
  東浩紀『ゲンロン戦記──「知の観客」をつくる』(中公新書
  ラクレ、2020)
  石田英敬+東浩紀『新記号論──脳とメディアが出会うとき』
  (ゲンロン叢書、2019)
https://www.fsight.jp/articles/-/48486

ここでは、上記書評で紹介したもの以外で、昨年読んだ本の中から
10冊に絞って、昨年同様、引用とともにご紹介します。

村上靖彦『ケアとは何か──看護・福祉で大事なこと』(中公新書、
2021)
 自分の存在を肯定的に捉えられたとき、見守られてきたという感
覚が他の人への気遣いのベクトルへと反転されるのだろう。気遣い
が他の人へと向くとき、自分の存在はより深く支えられる。「私は
ここに居る」という感覚が、自分自身と向き合う内省によってでは
なく、他の人への気遣いによって裏づけられる。

村上靖彦『交わらないリズム』(青土社、2021)
 人の生はそもそもポリリズムなのだ。そしてポリリズムという視
点をとったときには、人の生はさまざまな(制度、経済、ジェンダ
ー、歴史を含む)社会的文脈を生の構成要素の(全部ではないが)
一部として引き受ける。つまりポリリズムとして人間を見るときに
は社会構築主義的な視点を取ることになる。

東畑開人『心はどこへ消えた?』(文藝春秋、2021)
 ネットに乗りやすいのは、心の硬い部分だ。高速でも擦り切れる
ことのない、輪郭がハッキリとした言葉たちは、ネットによって遠
くまで届く。信念を持っていて、言いたいことや感じていることが
明確であるならば、ネットはいい。
 これに対して、心の柔らかい部分は紙の方がいい。自分でも本当
のところ何を言いたいのかわからないけど、それでも何かを伝えた
いと思っているならば、その複雑で多義的な言葉たちはゆっくり運
ばれた方がいい。クリスマスに書いた原稿は年明けに届くくらいが
ちょうどいいし、本は時間をかけて読めるのがいいところで、手紙
は手元に物として残るからいいのだ。

ルトガー・ブレグマン/野中香方子訳『Humankind 希望の歴史(上
・下)』(文藝春秋、2021)
[…]あつかましい人間だけが勝つのなら、人間はなぜ、動物の中
で唯一、赤面する種なのだろう。

串田孫一『画文集 山の独奏曲』(ヤマケイ文庫、2020)
 山を歩きながら、あまり形而上学的な考えごとをするのはいい傾
向ではない。そこに在る物、そこに生きている生命に見とれる状態、
そこから悦びを紡ぎ出すことこそ巧みにならなければ、山歩きは陰
気くさくなる。特にひとりの時は。
[略]
 形而上学的な考えごとは、それらの語りかけをすべて封じてしま
う。語りかけないものの大部分は、私の生命の共鳴を要求する生命
の歌だ。冬に枯れて春に甦る草の、土の中からの細い声だ。それら
の声に対して耳をふさぎ、それをしりぞけることは、こちらの心の
仕組み次第でそう厄介なことでもない。私はある時、谷川の水音を
きいて考え込んだ。その音を感覚でうけとめながら、形而上学的遊
戲の材料に切り換えてしまう。それは大して困難な操作ではない。
むしろそれは誘惑に落ち込むようなものだった。

田中さをり『時間の解体新書──手話と産みの空間ではじめる』
(明石書店、2021)
 手話と産む性の視点には、空間的な思考が言葉と結びつきやすい
という共通性がある。この共通性が、時間とその先にある、生と死
の現実の問題を分析する上で、強力な道具になる。
 手話と産む性に共通する空間的思考では、複数の視点を同時にも
つことができる。例えば、手話の場合、右手と左手、視線や身体全
体を使うことで、私とあなた、複数の物体などを手話空間上で表す
ことができる。産む性の場合、自分と子どもという二つの主体が同
じ身体に共存しつつ、さらに過去の他人の出産事例と自分のこれか
ら起きる出産を重ね合わせて理解する言語空間の中に置かれる。既
存の男性中心の音声言語話者による哲学では注目されてこなかった
ことだが、手話の空間的思考は、既存の時間論を解体し、隠れた前
提を浮かび上がらせることに役立つ。また、産む性の空間的思考は、
時間論が解体された後になお残る、誰のものでもない現実としての
「現在」を記号化する意味を検討し、時間がどこに実在するか確か
める上で役立つ。

小林武彦『生物はなぜ死ぬのか』(講談社現代新書、2021)
遺伝子の変化が多様性を生み出し、その多様性があるからこそ、死
や絶滅によって生物は進化してこられました。その過程で私たち人
類を含むさまざまな生き物は、さまざまな死に方を獲得してきまし
た。現在も「細胞や個体の死」が存在し続けるということは、死ぬ
個体が選択されてきたということです。「進化が生き物を作った」
という視点から考えると、「生き物が死ぬこと」も進化が作った、
と言えるのではないでしょうか。

塩田武士『騙し絵の牙』(角川文庫、2019)
「[…]作家は作曲家兼演奏家で、編集者はマエストロなわけよ。
分かる? 楽譜の解釈で全然違う音楽になるのと同じで、編集者の
エンピツで小説が化ける瞬間があるんだ。あれはたまんねぇよ」

東浩紀『弱いつながり──検索ワードを探す旅』(幻冬舎文庫、
2016)
[…]環境を意図的に変えることです。環境を変え、考えること、
思いつくこと、欲望することそのものが変わる可能性に賭けること。
自分が置かれた環境を、自分の意志で壊し、変えていくこと。自分
と環境の一致を自ら壊していくこと。グーグルが与えた検索ワード
を意図的に裏切ること。
 環境が求める自分のすがたに、定期的にノイズを忍び込ませるこ
と。

國分功一郎『はじめてのスピノザ──自由へのエチカ』(講談社現
代新書、2020)
 私たちは物を認識することによって、単にその物についての知識
を得るだけでなく、自分の力をも認識し、それによって変化してい
く。真理は単なる認識の対象ではありません。スピノザにおいて、
真理の獲得は一つの体験としてとらえられているわけです。
[略]
 認識はスピノザにおいて、何らかの主体の変化と結びつけて考え
られているのです。自らの認識する能力についての認識が高まって
いくわけですから、これはつまり、少しずつ、より自由になってい
るのだと考えることができます。

◎コンサート/イヴェント
プライヴェートのごたごたがすんで、ようやく10月からペースを取
り戻した感じです。ちょうどそのころから全国的に感染者数も減っ
て、出かけやすくなったこともありますね。

8/24 サントリーホール サマーフェスティバル|コンテンポラリー
   ・クラシックス|サントリーホール 大ホール
10/1 松平敬バリトン・リサイタル──声×打楽器×エレクトロニク
   ス|杉並公会堂 小ホール
10/2 ボンクリ・フェス|東京芸術劇場
10/22 H.ブロムシュテット×NHK交響楽団|東京芸術劇場
10/24 映画『分子の音色』|ポレポレ東中野
11/6 C×C 作曲家が作曲家を訪ねる旅|山本裕之×武満徹|神奈川
   県民ホール 小ホール
11/18 ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント|東京都
   美術館
11/23 What Price Confidence──エルンスト・クルシェネク没後
   30年によせて|北とぴあ つつじホール
12/4 濱田芳通+アントネッロ|ヘンデル《メサイア》全曲|川口
   総合文化センター・リリア
12/10 北とぴあ国際音楽祭2021|ラモー《アナクレオン》|北と
   ぴあ さくらホール
12/18 本條秀慈郎|第9回三味線リサイタル|高橋悠治と三味線三
   夜|第三夜 余韻|hall60

◎その他
CDやサブスクなど、それなりに聴きましたが、記憶に残るものをひ
とつだけ。

神西敦子『J.S.バッハ/ゴルトベルク変奏曲』(Pooh’s Hoop、2015)
日本人で初めて公にこの作品を録音したといわれる伝説的音源が数
年前にCD化されたもの。父が亡くなるまえの最後の数日間、ずっと
枕もとの小さなCDラジカセでかけていました。

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【鈴木 茂】
◎音楽
コロナ対策で外出を控える生活を続けていたので、ライヴで音楽を
体験したのはホールを中心に数えるほど。配信も思うように時間が
とれず、消化不良に終わった感があります。サブスクで気に入ると
CDを購入、というサイクルが定着したなかから(ミュージシャン
や制作スタッフのクレジットを確認しないと聴いた気がしない)、
グッと来たもの、聴いた回数の多かった曲やアルバムを選んでみま
した(日本のミュージシャンはご縁のある方ばかりに)。

[ベスト・ソング]
イ・ラン「患難の世代」
BTS「Butter」
Rina Sawayama「Chosen Family」(2020)

[ベスト・アルバム]
イ・ラン『オオカミが現れた』
IU『LILAC』
The Volunteers『The Volunteers』
挾間美帆『イマジナリー・ヴィジョンズ』
坂本龍一『Playing the Piano 12122020』
butaji『Right Time』
松田美緒『La Selva』
仲野麻紀『OPEN RADIO』
笹久保伸『CHICHIBU』
Miguel Hiroshi『Oniriko Orinoko』
カーネーション『Turntable Overture』
カエターノ・ヴェローゾ『Meu Coco』

◎本
原稿とゲラしか読めないからだになってしまったので、未読の本が
積みあがっていくばかりなのは相変わらず。フィクションに耽溺す
ることに飢えています。本ではなく、宛名が手書きの封筒で届く田
口史人さん(円盤、黒猫)のレターマガジン『日本のレコード』を
毎週とても楽しみにしています。

中村佑子『マザリング』(集英社)
古川日出男『ゼロエフ』(講談社)
上野千鶴子+鈴木涼美『往復書簡 限界から始まる』(幻冬舎)
石井妙子『魂を撮ろう ユージン・スミスとアイリーンの水俣』(文藝春秋)
Moment Joon『日本移民日記』(岩波書店)
大和田俊之『アメリカ音楽の新しい地図』(筑摩書房)
沼野雄司『現代音楽史──闘争しつづける芸術のゆくえ』(中公新書)
松井ゆみ子『アイリッシュネスへの扉』(ヒマール)
角幡唯介『極夜行』(文春文庫、初出は2018年)

◎映画
『David Byrne’s American Utopia』

◎展覧会
太郎写真曼荼羅(岡本太郎美術館)
和田誠展(東京オペラシティアートギャラリー)

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ARTES インフォ*クリップ          配信数:2481通
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発行日:2022年1月6日
発 行:株式会社アルテスパブリッシング
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