ARTES インフォ*クリップ[vol.148]アルテスの2020年&代表ふたりのベスト・オブ2020!号

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ARTES インフォ*クリップ[vol.148]2020/1/8
アルテスの2020年&代表ふたりのベスト・オブ2020!号
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松が取れてからのご挨拶となりましたが、
新年明けましておめでとうございます。
“音楽を愛する人のための出版社”アルテスパブリッシングは
おかげさまで今年4月から創業15年目に入ります。
まだまだ緊張と不安が続く年になりそうですが、
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

新春第1号のインフォ*クリップは毎年恒例、
アルテスの2020年を振り返りつつ、
代表ふたりの「ベスト・オブ2020」をお届けします。

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アルテスパブリッシングの2020年
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創業14年目となる2020年は、4月にガクッと売り上げがダウンし、
数字の上では盛り上がりに欠けましたが、例年どおりの刊行ペース
をキープできましたし、多くの読者、関係者の皆さんのおかげで財
務バランスを崩すこともなく年度末を迎えられそうです。

◎2019年より3点少ない17タイトルの新刊を世に出しました。うち
1点は既刊の新装版で、2点は発売をお引き受けしているもの。担当
別では木村が14冊、鈴木が3冊と、またしても木村の生産力が際立っ
ています。ジャンル分けするとしたら初となる育児エッセイの『父
と子の絆』と、長い時間をかけて作っていたカエターノ・ヴェロー
ゾ『熱帯の真実』『オリヴィエ・メシアンの教室』という大冊2点
を刊行できたのも感慨深いです。

◎2019年はゼロに終わった電子書籍の新刊は、大きく盛り返して、
『ヘルベルト・ブロムシュテット自伝』『文化系のためのヒップホ
ップ入門3』『新版クラシックでわかる世界史』など新たに11点を
発売。ラインナップはトータルで26点となりました。

◎新刊17点のうち増刷したのは『ポップ・ミュージックを語る10
の視点』(3回)のみでしたが、既刊の増刷は14タイトルと順調で
した。刷数では『文化系のためのヒップホップ入門』12刷、『[オ
ンデマンド版]オルティス変奏論』10刷、『新しい和声』8刷が目
立ちます。

◎2月にnoteのアカウントをつくり、新刊・既刊からの抜粋や、コ
ラムなどを読んでいただく場として使い始めました。
https://note.com/artespublishing

◎新刊の刊行記念イヴェントは激減しましたが、リットーミュージ
ック、DU BOOKSとの3社合同フェアや、驚くほどの成果が出た三
省堂書店成城店でのアルテス・フェア、アカデミア・ミュージック、
音楽之友社、春秋社、全音楽譜出版社の5社合同のベートーヴェン・
フェアなどを開催することができました。

◎3月初頭の小中高校の臨時休校を機に、スタッフの在宅勤務を大
幅に増やしました。コロナ禍が終わったとしても、ある程度このス
タイルは定着しそうです。

◎2010/11年シーズンから編集協力させていただいているNHK交響
楽団の機関誌『フィルハーモニー』の仕事を通じ、演奏会の中止や
延期といった現場の模索を目の当たりにしました。音楽を届ける難
しさとともに、意義深さ、やりがいも感じる年となりました。

◎これまでに取り組んだことのなかった仕事にも挑戦し、NHK交響
楽団の特別支援企業である岩谷産業株式会社の「イワタニ・シンフォ
ニー・カレンダー2021」(非売品)の制作に携わりました。故木之
下晃氏によるヨーロッパの都市の写真をフィーチュアしたものです。

【こんな1年でした】
1月 『文化系のためのヒップホップ入門3』刊行記念トークショー開催@代官山・蔦屋書店(11日)
2月 noteにアカウントを作り、利用を開始
2月 『〈music is music〉ポップ・ミュージックを語る10の視点』刊行記念トーク&ライヴを開催
2月 雑誌『アルテス』既刊の販売を終了
3月 COVID-19の感染拡大を受け、テレワークを開始
3月 『みんなの家。』がちくま文庫に、『ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた』が新潮文庫に入る
3月 松平敬さんが『シュトックハウゼンのすべて』でミュージック・ペンクラブ音楽賞クラシック部門を受賞
4月 創業13周年記念のオリジナルTシャツ2種を発売
5月 代表・木村が著書『音楽が本になるとき』(木立の文庫)を上梓
5月 松田美緒『クレオール・ニッポン』の音源、Spotify、Apple Musicなどで配信開始!
6月 有隣堂新百合ヶ丘エルミロード店で「3社合同音楽書フェア」開催
6月 札幌で開催した「全国のヨマサル本集めました!」フェアに参加
7月 創業以来全面的に頼りにしてきた太陽印刷工業が廃業
7月 「音楽本の夏フェス2020」開催
8月 「ミュージックブックカフェ」がYouTubeで復活、初回ゲストは新井鷗子さん
8月 三省堂書店 成城店で「アルテス音楽本フェア」開催
9月 オヤマダアツシさん逝去(3日)
9月 カエターノ・ヴェローゾ『熱帯の真実』刊行記念トークショー開催@代官山・晴れたら空に豆まいて(30日)
10月 秋のケルト市に参加
10月 岸本宏子さん逝去(9日)
10月 ベルンハルト・ケレスさんがクラシック音楽家のセルフマネジメントを語るオンライン・シンポジウム開催(31日)
10月 音楽出版社5社合同フェア「ベートーヴェン」を各地で開催
12月 『父と子の絆』刊行記念トークショー開催@吉祥寺「百年」(4日)
12月 啓文堂書店三鷹店で年末恒例の3社フェア開催
12月 啓文堂書店荻窪店で初の3社フェア、開催

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代表ふたりが選ぶベスト・オブ2020
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【木村 元】

◎全般
2020年は、自著を出版できたことが個人的には大きな出来事でした。

『音楽が本になるとき』(木立の文庫)

音楽が本になるとき


刊行直後にいただいた書評や感想など

『音楽が本になるとき』書評とメッセージのご紹介


版元日誌|編集者と著者の厄介な関係について──自著を出してみて思ったこと|版元ドットコム

緊急事態宣言下での発刊ということで、版元が大けがをしないよう
ごく少部数で、おそるおそる世に出したのですが、ステイホームの
期間、みなさん本を読むことに飢えておられたのか、次々にメール
やSNS、ブログなどで感想を書いてくださり、大きな励みとなりま
した。

この本のもとになったメルマガ「ARTESフレンズ&サポーター通
信」での連載はいまも継続していますが、本を出してから、自分自
身覚悟がさだまったというか、ものを書くことに変なためらいがな
くなったように思います。

また、もうひとつの効能としては、変な言い方ですが、「本を読む
スキルが上がった」ような気がします。もともと本を読むことが不
得手だという自覚があり(34年も編集者を続けてきて、何を馬鹿な
ことをと言われそうですが、まじめな話です)、コンプレックスを
もっていたのですが、自分で本を出してから、「読むポイント」が
見えるようになったのかもしれません。あとは、本を読んでストレ
ートに感心したり感動したりすることが増えました。自著を出すま
では、「ああ、先に書かれちゃった」とか「自分ならこう書く」と
いった変な自意識がはたらいていたのが、「すごいなあ」「自分に
は無理」と惚れ惚れしながら読むことが多くなりました。

生活面では、どこの家もそうだと思いますが、家族で過ごす時間が
増え、テレビドラマや映画、ライヴ配信などをいっしょに楽しみま
した。よかったものは以下のランキングにて紹介しています。

本を出したことの影響をもうひとつ。今年4月からある大学で非常
勤をつとめることになりました。「編集研究」という定員20名の
演習です。昨年までは尊敬する先輩編集者が担当しておられたので
すが、オンライン授業になったのを機にお辞めになり、後任を探し
ておられたところ、たまたまわたしの本が届いたといって電話をく
ださいました。いまの仕事だけでひーひー言ってるのに無謀ではな
いかという気もしましたが、もともと学生に教える(というよりも
いっしょに考える)ことをしてみたいという気持ちは強く(父が学
者なのも大きいかもしれません)、半期1コマだけなら大丈夫かと
(まったく根拠のない判断ですが)お引き受けすることにしました。

◎本
いろいろ読みましたが10冊に厳選。いちいち感想を記すよりも引用を。

阿部謹也『西洋中世の愛と人格──「世間」論序説』(講談社学術
文庫、2019)

 日本の伝統的な人間関係の中に持ち込まれた「愛」という言葉
は、西欧社会への憧れの風潮のもとで急速に広がり、親子関係の中
にも「母の愛」という形で取り込まれていった。親が子から、子が
親から自立していないこの国の風土のなかで取り込まれたこの言葉
は、「母の愛」という言葉のもとで、事実上、親の子に対する支配
を正当化することになり、わが国の親子関係に大きな影響をおよぼ
し、今もおよぼし続けている。[p.227]

 周知の通り、キリスト教の結婚式においては、死ぬまで愛し合う
ことを二人は誓うのである。「不可能の愛が結婚の中にまで持ち込
まれている」[伊藤整]。そのために、誓いと現実の間に距離が生
じ、言葉はただの言葉に過ぎず、偽りを生む結果になっている。伊
藤整は、[日本人のように]信仰による祈り、悔悟などがないとき
に、夫婦の関係を「愛」という言葉で表現することには根本的な虚
偽があると言っている。[p.228]

ガブリエル・ゼヴィン『書店主フィクリーのものがたり』(小尾芙
佐訳、早川書房、2017)

 ぼくたちはひとりぼっちではないことを知るために読むんだ。ぼ
くたちはひとりぼっちだから読むんだ。ぼくたちは読む、そしてぼ
くたちはひとりぼっちではない。ぼくたちはひとりぼっちではない
んだよ。[p.327]

宮野真生子+磯野真穂『急に具合が悪くなる』(晶文社、2019)

 結局、私たちはそこに現れた偶然を出来上がった「事柄」のよう
に選択することなどできません。では、何が選べるのか。この先不
確定に動く自分のどんな人生であれば引き受けられるのか、どんな
自分なら許せるのか、それを問うことしかできません。そのなかで
選ぶのです。だとしたら、選ぶときには自分という存在は確定して
いない。選ぶことで自分を見出すのです。選ぶとは、「それはあな
たが決めたことだから」ではなく、「選び、決めたこと」の先で
「自分」という存在が産まれてくる、そんな行為だと言えるでしょ
う。[p.228]

偶然はそれだけで自然に生まれてこない。偶然を生み出すことがで
きたのは、自然発生だけではなく、そこに私たちがいたからです。
それぞれに引き出す勇気をもち、偶然を必然として引き受ける覚悟
をもって出会えたからです。[p.234]

藤原辰史『分解の哲学──腐敗と発酵をめぐる思考』(青土社、
2019)

[…]分解decompositionは、組み立てる、構成するという意味
のcomposeに否定のdeという接頭辞を加えた語の名詞形である。
それゆえ、composerは、音符を扱えば作曲家、活字を扱えば植字
工と訳される。音符も活字も全体を構成する要素でありながら、一
定のルールにしたがって構成すると、たんなる総和ではなく、それ
以上の何かを生み出す。生態学も基本的には要素と全体をそのよう
にとらえる。分解者は、還元者から改名することで、ちょうどもう
一度活字をバラバラにしてつぎの組版を待つような、豊かなイメー
ジを与える概念に変身を遂げたのである。[p.248]

島田潤一郎『古くてあたらしい仕事』(新潮社、2019)

 本は考える時間をたくさん与えてくれる。思い出す時間もたくさ
ん与えてくれる。
 読書というものは、すぐに役に立つものではないし、毎日の仕事
を直接助けてくれるものではないかもしれない。でもそれでも、読
書という行為には価値がある。
 人は本を読みながら、いつでも、頭の片隅で違うことを思い出し
ている。江戸時代の話を読んでも、遠いアメリカの話を読んでも、
いつでも自分の身近なことをとおして、そこに書いてあることを理
解しようとしている。
 本を読むということは、現実逃避ではなく、身の回りのことを改
めて考えるということだ。自分のよく知る人のことを考え、忘れて
いた人のことを思い出すということだ。[p.111-112]

 よい本を読んだあとは、物事が以前よりクリアに見える。その著
者の言葉がまだしっかりと頭に残っているから、それらでもって、
自分の身の回りのことや、これまで思い悩んできたことを相対化す
るのだ。[p.152-153]

谷津矢車『廉太郎ノオト』(中央公論新社、2020)

「とにかく、ピアノの演奏とは楽譜を読むことであり、作曲者の世
界観を読むことだ。そのためには、本を読み、思索し、哲学を築く
ことだ。そうして掴んだものを、技術でもって形にする。楽器の演
奏とは、思索、哲学、技術の集合体だ。今後も勉強を重ねたまえ」
[ケーベル先生が滝廉太郎に語った言葉、p.187]

ラーラ・プレスコット/吉澤康子訳『あの本は読まれている』
(東京創元社、2020)

インテリとは、人々のイデオロギーを長い時間を変えていくという
長期戦を支持する者ということだ。[p.255]

星野博美『旅ごころはリュートに乗って──歌がみちびく中世巡礼』
(平凡社、2020)

彼らの名前は、洗礼を授けた神父によって与えられた。多くは、い
にしえの聖人にちなんだ名前である。すると物語に入りこんでいく
うちに、国や民族といった属性が剥奪され、時代や国が曖昧とな
り、核にあるキリスト教徒の存在のみが立ち上がる、という絶大な
効果をもたらす。全世界で普遍的に使われる洗礼名が生み出す力で
ある。[p.320]

國分功一郎+熊谷晋一郎『〈責任〉の生成──中動態と当事者研究』
(新曜社、2020)

熊谷晋一郎 例えば私のような車いす使用者の人間にとって、エレ
ベーターが備わっていない「多数派向けの建物」にはアクセス不可
能であるように、「多数派向けの日常言語」にアクセスできないマ
イノリティが存在している。自分の困難を言い表す言語がないとい
うことは、本書の序章での言い方を使うなら、見えづらい障害を生
きるということでもあります。そうしたことを考えるときに、かつ
て「中動態」というオルタナティブな言語デザインがあったという
こと、これはわれわれマイノリティにとって、きわめて大きな意味
があるのです。[p.90]

國分功一郎 今、熊谷さんが言葉のバリアフリーということを言わ
れましたが、当事者研究を経験するというのは、まさに「言葉」の
力をもう一度経験するということでもあるとぼくは思っています。
[p.91]

宇野常寛『遅いインターネット』(Newspicks Books、幻冬社、
2020)

 そう、あたらしい「境界のない世界」の住人たちは、旧い「境界
のある世界」の住人たちに、政治の、具体的には民主主義の場にお
いては敗北する他ないのだ。なぜならば、あたらしい世界のアイデ
ンティティは最初から政治を、民主主義を必要としていないから
だ。現代の世界の構造上では、民主主義はこのあたらしい「境界の
ない世界」を原理的に肯定できないのだ。[p.44-45]

国会を取り巻くデモ隊と、それを取り締まる機動隊のどちらに「共
感」するかという回答を行う発信は世罪を少しも変えはしない。し
かしそこに人出を見込んでアンパン屋を出す人々の視点を導入する
ことで、あらたな問いが生まれる。世界の見え方が変わるのだ。
 こうした価値の転倒は、「共感」の「いいね」の外側にある。人
間は「共感」したときではなくむしろ想像を超えたものに触れたと
きに価値転倒を起こす。そして世界の見え方が変わるのだ。
[p.201]

ちなみに、上記のような本の抜き書きは、一昨年まではiPhoneで
ものすごい勢いで手入力していましたが、昨年からはOCRアプリ
を使っています。以下2つのアプリを状況におうじて使い分けてい
ます。

iCopyCam
○:とにかく縦書きの認識精度が圧倒的に高い。
×:新規にページをスキャンしようとするとそのたびに広告が表示
 される。広告のない有料版があったら5000円でも買うところな
 んですが、残念ながらありません。

もじかめ
○:縦組でもそこそこ高精度で認識。またシャッターを切らなくて
 も、自動的に文字情報を読みとってくれるので、シャッター音が
 出ない。
×:文字認識ウィンドウのサイズが小さいので、判型の大きな本で
 はスキャンできない。さきに縦組/横組の別と認識する言語を決
 めなければならず、日本語の中に欧文が混じっていたりすると、
 そこだけ文字化けする。

◎TV/映画など
こちらも10選。コロナでテレビ制作にも影響が出たのでしょう。
昔の名作の再放送がめだちました。観る者にとってはうれしいこと
です。映画はファミリー向けのものが多かったかな。

「のだめカンタービレ」(フジテレビ系列、2006)
「南くんの恋人」(テレビ朝日系列、1994)
「伝説のコンサート“わが愛しのキャンディーズ”」(NHK、
 2006)
『ジャッジ!』(監督:永井聡、2014)
『ハッピーフライト』(監督:矢口史靖、2008)
『THE有頂天ホテル』(監督:三谷幸喜、2006)
『インターステラー』(監督:クリストファー・ノーラン、
 2014)
『マイ・インターン』(監督:ナンシー・マイヤーズ、2015)
『コンタクト』(監督:ロバート・ゼメキス、1997)
『オブリビオン』(監督:ジョセフ・コシンスキー、2013)

◎コンサート/イヴェント
こちらは11選になってしまいました。

1/19(ライヴ) 脇園彩(ヤマハホール)
3/19(ライヴ) アンドラーシュ・シフ(東京オペラシティコンサートホール)
5/31(配信) 藤原真理チェロ・リサイタル(武蔵野市民文化会館)
6/19(配信) 伊藤亜紗(朝カルオンライン)
8/22・23・26(ライヴ) サントリーホール サマーフェスティバル(サントリーホール)
9/15(ライヴ) アンサンブル・ノマド(東京オペラシティ リサイタルホール)
11/13(ライヴ) 荘村清志(浜離宮朝日ホール)
12/2(配信) 青葉市子(原美術館)
12/7(配信) 堀朋平(朝カルオンライン)
12/13(配信) 矢野顕子(NHKホール)
12/29(配信) スピッツ(東京ガーデンシアター)

◎CD
波多野睦美+高橋悠治『ねむれない夜 高橋悠治ソングブック』(ソネット)

その他Apple Musicでとくにアメリカーナ系の女性ヴォーカルを中
心にたくさん聴きました。ウェイリン・ジェニーズ(メンバーそれ
ぞれのソロ作も)、アンティエ・デュヴコット、ショーン・コルヴ
ィン、ジョナサ・ブルック……そしてもちろんテイラー・スウィフト!

ベートーヴェン・イヤーらしい収穫としては、ホルディ・サバル
(ジョルディ・サヴァール)とル・コンセール・デ・ナシオンによ
る『交響曲第1番−第5番』でしょうか。大学生のころに聴いてぶっ
飛んだブリュッヘンと18世紀オーケストラによるベートーヴェン
以来の衝撃。第6番以降のリリースが待たれます。

***

【鈴木 茂】

◎全般
夏に還暦を迎えたこの1年、コロナ禍のなかで自分の家族、スタッ
フとその家族、みな健康を維持して、新年を迎えられたことに、ま
ずはホッとしています。

感染の拡大によって人と会う機会が激減したこと、感染そのものへ
の不安、業況の見通しが不透明になったこと、などが影響してか、
5月から6月にかけてと秋口に軽い鬱といっていい状態になり、その
間仕事がいささか停滞しましたが、いつも快活でエネルギーに溢れ
ているミュージシャンの大友良英さんですら鬱になったそうですか
ら、気の小さいぼくがそうなっても何の不思議もありません。対処
法は分かったので、かえって良い経験になりました。

自宅にいることが多くなってよかったのは、子どもと過ごす時間が
増えたこと。子どもたちには、自覚以上に救われていると思います。

仕事では、あまりにも長いあいだ抱えていたカエターノ・ヴェロー
ゾ『熱帯の真実』をついに刊行できたことがいちばんの収穫。その
他の大きな宿題もいくつか前進させることができて、2021年に刊行
を予定している新刊には楽しみなタイトルが並んでいます。

もっとも多く耳(と目)にした音楽は、家族が夢中になったのに引
きずられて魅力に目ざめたBTS(防弾少年団)。Netflixのドラマ
『梨泰院(イテウォン)クラス』にもはまりましたし、文学にも魅
力的なものが多かったので、韓国という国の存在がグッと大きくな
った年でもありました。
BTSと並んでわが家を席捲した『鬼滅の刃』はコミックを6巻まで
読んだところで止まったまま。

3月以降12月26日までライヴハウスやホールに足を運ばなかったの
で、ダンスを含めても生で体験したのはわずかに5回。年末に見た
日本のバンドROTH BART BARONのホール公演がすばらしく感動
的で、この特殊な状況下での特別な体験となりました。
配信で楽しんだライヴは10本ほどでしょうか? 圧倒的に音質の
よかった挾間美帆さんのm_unit(ブルーノート東京)と、
Rhizomatiksによるクオリティの高い映像のおかげで音楽に集中で
きた坂本龍一さんのピアノ・ソロなどが印象に残っています。

コロナ禍以降無数に立ち上がったクラウドファンディングも、音楽
と出版関係にはできるだけ参加しましたが、個人の力ではあまりに
も限界があります。動きの鈍い行政をもっと働かせないといけませ
んね。

◎単行本
川端裕人『「色のふしぎ」と不思議な社会』筑摩書房、2020
→人生最大といってもいい衝撃を受けました。自分が見ている色は
 他の人と同じなのか? という素朴な疑問に答えてくれる無類に
 面白い科学ノンフィクションですが、旧来の色覚検査がもたらす
 遺伝や差別という社会的な問題を指摘しながら、「個人個人の色
 の見え方の違いは、正常/異常に分けられるものではなく、連続
 した多様性である」という最新の知見を明確に示したという点
 で、画期的な意義のある出版に拍手!

斎藤幸平『「人新世」の資本論』集英社新書、2020
→徹底的な資本主義批判に立って、未来=革命への展望を示したラ
 ジカルなアジテーション。

ほかには、↓こんな本が強く印象に残っています。

内澤旬子『着せる女』本の雑誌社、2020
小倉ヒラク『発酵する日本』青山ブックセンター
竹内岳洋『下山の哲学』太郎次郎社エディタス、2020
藤本和子『塩を食う女たち 聞書・北米の黒人女性』岩波現代文庫
 (2018、オリジナルは1982)
山本高樹『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』雷鳥社、2020

◎マンガ
山口つばさ『ブルー・ピリオド 1〜8』講談社アフタヌーンKC
田島列島『水は海に向かって流れる 全3巻』講談社KCデラックス
灰田高鴻『スインギンドラゴンタイガーブギ』講談社「モーニング」連載中

◎アルバム(CD)
GEZAN『KLUE』
ソウル・フラワー・ユニオン『ハビタブル・ゾーン』
ROTH BART BARON『極彩色の祝祭』
寺尾紗穂『北へ向かう』
羊文学『POWERS』
Gotch『Lives By The Sea』
角銅真実『Oar』
Moment Joon『Passport & Garcon』
BTS『BE』
BTS『Map of the soul: 7』
Hyukoh『through love』

◎ライヴ
12/26 ROTH BART BARON「けものたちの名前」Tour Final@めぐろパーシモン大ホール
12/20 挾間美帆m_unit@ブルーノート東京(配信)
12/12 坂本龍一「Playing the Piano 12122020」(配信)
7/6 松田美緒 with 渥美幸裕「through the window #2 七夕の前に」@京都・建仁寺両足院(配信)
6/7 笹久保伸@晴れたら空に豆まいて(配信)

◎映画・ドラマ
『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』ダニエル・ロアー監督、2019
『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』ブルース・スピーゲル監督、2015
『マイルス・デイヴィス クールの誕生』スタンリー・ネルソン監督、2020
『梨泰院クラス』(Netflix)

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ARTES インフォ*クリップ  配信数:2527通
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発行日:2021年1月8日
発 行:株式会社アルテスパブリッシング
〒155-0032 世田谷区代沢5-16-23-303
TEL 03-6805-2886│FAX 03-3411-7927
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