続いて音楽プロデューサーの宮田茂樹さんから『ミシェル・ルグラン自伝』に推薦コメントをお寄せいただきました。宮田さんはRCAとMIDIレコードで大貫妙子、竹内まりや、EPO、ムーンライダース、坂本龍一といったミュージシャンたちの制作に携わり、現在はディアーハート・レーベルを運営されています。『アルテス』電子版では、宮田さんが来日公演を実現させたボサノヴァの神様ジョアン・ジルベルトにまつわる連載を書いていただきました。ブラジル音楽界とも付き合いの深い宮田さんならではのコメントを、ではどうぞ!
◎宮田茂樹さん(音楽プロデューサー、ディアーハート)
優れた音楽家(作曲家も演奏家も)は読書家でもあると思っている。音楽家は教養人でもあるべきだ、とまでは言わないけれど、ギリシャ・ローマ以来「音楽」はセヴン・リベラル・アーツの一角を占めていることは覚えておくべきなんだ。「音楽バカ」というひどい蔑称もあるけど、彼らの曲や演奏に感心はすれど心を揺さぶられることなどほとんどない。
一方で、「良い音楽の聴き手」とはあるジャンルの音楽にとても詳しいだけでいいというものでもないんじゃないかな。音楽の他にも人文・社会・自然科学に広い目を向けることでその音楽にから受ける感動やさまざまな理解が深まるものだと思っている。僕は「その道半ば」にすら到達していないことくらい自覚をしているけど、それでもできるかぎりの努力はしているつもりだ。
ミシェル・ルグランも読書家であると聞いている。片時も本を手放す時がないらしい。そのことは本書の随所に見られる箴言の数々を見ても明らかだろう。僕はそれらを忘れないようにマーカーを引いてメモをしている。
ミシェル・ルグランという偉大な音楽家のことをあまり知らない人や彼のことを詳しく識りたい人以外にも本書は自信を持ってお薦めできる。このケチな僕でさえ、友人に何冊かプレゼントしているくらいだ。おまけにめずらしく感謝さえしてもらっている。
ここで、ルグランとブラジルの関係について少しだけふれてみたい。
彼は1957年にアルバム『LEGRAND IN RIO』を録音しているけれど、これはアメリカ風ラテン解釈によるものなのだったので、ぼくは買わずにいた。ある日ブラジルのビスコイト・フィーノから一枚のCDが届いてとても驚いた。なんと、ルグランがタンバ・トリオのピアニストだったルイス・エサの楽曲をブラジルきってのミュージシャンと録音したものだった。プロデューサーはマリオ・アヂネ。素晴らしいアルバムだ。本人の意向でブラジル国外では流通していないのが非常に残念であるけれど……。
本書の編者濱田高志氏の話では、ルグランはむかしからブラジル音楽の大ファンなんだそうだ。Youtubeにも72年のエリス・レジーナとのデュエットがアップされているくらいだ。今でも年に数ヶ月はブラジルで過ごし、リオはラパのクラブで腕利きのミュージシャンとのギグを楽しんでいるらしい。そんなわけなので、ブラジル音楽のファンにも本書をお薦めしたい。