『ミシェル・ルグラン自伝』推薦コメントご紹介[3]山下泰司さん

朝妻一郎さんに続いて推薦文をお寄せくださったのは、Cinefil Imagicaの山下泰司さん。『ルグラン自伝』にも登場するゴダールの『女は女である』『女と男のいる舗道』はじめ、フェリーニの『道』、タルコフスキー『ノスタルジア』などヨーロッパの名作映画のBlue-rayディスク化に取り組んでらっしゃいます。映画と音楽へのひとかたならぬ愛と熱が伝わってくる嬉しいコメントです。

◎山下泰司(”Cinefil Imagica”レーベル Blu-rayディレクター)

 何十年も音楽や映画に親しんでいると、「ああ、どうして自分はもっと早く生まれなかったんだろう?」という気持ちになる。死んでしまったあのマエストロの演奏を生で聴いてみたかった。あの名作をまったくの新作として「これこそ今生きている自分たちの文化だ」という新鮮な興奮と共に他の観客と味わってみたかった──。
 この本を読んでいるとそんなジリジリとした思いのいくらかが軽減されるような気がする。あんな人も出てくる、こんな人も出てくる。えっ、そんな出来事があったのか。20世紀の半ばから今日まで、ヨーロッパで、アメリカで。音楽界、映画界の知られざるエピソードが次から次へと、目の前で起こっているかのように活写される。しかもそのレポーターが誰あろう、大作曲家ミシェル・ルグランなのだ。いや、もちろん、こんな数々の大舞台の裏側を語れる人がいるとすれば、それはルグランのような巨人以外にありようがないのだが。
 本当の天才が、並々ならぬ努力をし、しかも人の縁にも恵まれれば(それは自分が引き寄せたものでもあろう)、三度の食事のように奇跡が押し寄せてくるのである。彼はそれらのエピソードを片っ端から滋味溢れる語り口で開陳してくれた。多くの伝記本と同様に、聞き手が本人のインタビューを元にまとめた本なのだが、まったくそのようには思えない堂々たる書きっぷりだ。一章一章の余韻の味わい深さときたら、涙目になりながら「今日はもう次を読むのは止めよう」と思わせるほどで(だから読み終えるまでに少々時間がかかった)、このコラボレーションは名随筆家の領域である。
 個人的にはフランソワ・トリュフォーのデビュー作『大人は判ってくれない』のサントラのオーケストレーションを書いたのがルグランだったという新事実に大いに唸った。言われて聴き直してみればあの時代のルグラン以外の何物でもないのだが、主旋律を書いた他の人の名前しかクレジットされていないので、そんなことがあったなどとは思いも寄らなかった。鬼籍に入って既に30年が経つトリュフォーに、「なんで教えてくれなかったんだ」と墓から起き出してきてもらいたいものだ。