【追悼・和田誠さん】音楽が聞こえてくるデザイン〜『Book Covers in Wadaland 和田誠 装丁集』に寄せて 文●桂川 潤

Book Covers in Wadaland 和田誠装丁集

今月上旬、イラストレーター/デザイナーの和田誠さんが亡くなられました。アルテスでは、レコードやレーザーディスクなど正方形のジャケットデザインを集大成した『Record Covers in Wadaland 和田誠レコードジャケット集』と、1990年代以降の20年間に手がけた700点余の装丁を収めた『Book Covers in Wadaland 和田誠 装丁集』という2冊の作品集を、濱田高志さんプロデュースのもとで出版させていただきました。 その装丁集を出版した際、デザイナーの桂川潤さんに書評を寄せていただき、『アルテス電子版』のサイトに掲載したのですが、そのサイトが現在は機能していないため、和田さんへの追悼の思いを込めてこちらに改めてアップしました。ぜひご一読ください。

音楽が聞こえてくるデザイン〜『Book Covers in Wadaland 和田誠 装丁集』に寄せて
文●桂川 潤

 書店の平台で『Book Covers in Wadaland 和田誠 装丁集』(Wonderlandではありません。Wadalandです!)が目にとまり、即、買い求めました。和田さんには『装丁物語』『似顔絵物語』(どちらも白水社)という、装丁・イラストレーションを志すものには堪えられない名著があり、わたしもこの2冊からじつに多くを学びました。ところで版元を見たら、気鋭の音楽関連の出版社アルテスパブリッシング。「なぜアルテスから和田さんの装丁本が…」と不思議に思い、帯の広告を見て納得しました。既刊『Record Covers in Wadaland 和田誠レコードジャケット集』の姉妹本だったのですね。二冊とも正方形の判型が美しい。なるほど、レコードジャケット集の判型には正方形以外ありません。『Record Covers』は並製本。『Book Covers』は上製本と微妙に不揃いですが、『Book Covers』は和田さんの記念すべき200冊目! の著作。版元が奮発したのでしょう。

◎万能の人

 二冊ともまさにWadaland全開の愉しさで、和田誠さんのとどまるところを知らない才能と創作のエネルギーを伝えてくれます。

 和田さんはイラストレーター、デザイナー、装丁家という枠では括れない万能の人。高度成長期の象徴というべきタバコ「ハイライト」のパッケージや、自民党の往年のライバル・日本社会党のシンボルマークをデザインし、『週刊文春』の表紙画で時代を彩り、映画監督として『麻雀放浪記』『怪盗ルビィ』等の大ヒットを飛ばし、達意の文筆家として200冊もの著作をものし、マザーグースを翻訳したりミュージカルの訳詞を手がけ、作曲もよくする音楽家……と数え上げたらどの分野の仕事も超一流。なんで天はこんな才人に二物も三物も、いや四物も五物も与えるのか…と、ついブツブツぼやいてしまいます。

 装丁とレコードジャケットに話を戻すと、なるほど両者にはずいぶんと共通する性格がある。まずどちらも昨今の電子配信に脅かされるアナログ的存在であること。ただし売上が急減しているCDに対し、絶滅寸前だったLPレコードは、アナログならではの豊かな音質でじわじわと人気を回復しているそうです。ひと頃、電子書籍に駆逐されると危惧された紙の本と装丁も、モノとしてのアナログ性ゆえに人気を保っています。
 「ジャケ買い」という言葉は、レコード、CD、本などを、中身の善し悪しがわからないまま、ジャケットの印象に惹かれて買うことを言いますが、本の装丁もレコードジャケットも、「中身の保護」という本来の目的以上に、中身である作品世界をグラフィックに読み解き、「ジャケ買い」へと誘うことにより大きなポイントがあるわけです。レコードジャケットや装丁は、その「中身」(いまや「コンテンツ」という言い方が主流ですが)を具現した「顔」でありますが、出色のデザインは、さらに「中身の顔」のレベルを超えて「時代の顔」となります。アルテスの2冊には、和田さんの手になるそんな「時代の顔」が散りばめられ、modernという言葉本来の、夢にあふれた、洒脱で自由闊達な時代の空気に満ちています。

◎構成”はリズム、“描線”はメロディー、“色彩”は和声

 言うまでもなく、Wadalandの最大の目玉は、洗練された描線と知的な色彩構成によるイラストレーション。大の音楽好きである和田さんのイラストレーションやデザインを眺めるたびに、わたしはそこに“音楽”を感じます。絵画やデザインの技法を音楽になぞらえると、“構成”はリズム。“描線”はメロディー、“色彩”は和声に当たるでしょう。和田さんのイラストレーションはその兼ね合いが素晴らしい。まずモノクロの線画(メロディー)の美しさとのびやかさ。そのメロディーに、バッハの無伴奏器楽曲のように、ぽつぽつと和声(色彩)が施され、次第にデュオ、トリオ、カルテット…色彩の飽くなき探求はついにフルオーケストラを思わせる豊麗さに至ります。

 これだけの表現の幅を持つイラストレーター自体が稀有なのに、和田さんはさらに凄腕デザイナーへと早変わりして、ダイナミックな力をイラストレーションに吹き込みます。ほんわかとしたイラストレーションに引き締まった緊張感を与えるのがデザイナーとしての怜悧な眼。主題を変奏するように、線画を製版指定でさまざまに変化させ、あたかもカノンやフーガのように、重ねたり、ひっくりかえしたり、自在に展開していく。のびやかなメロディー(線描)も素晴らしいけれど、和声(色彩)が加わった展開の妙が半端ではありません。暖色系(長調)・寒色系(短調)の対比による明快で表情豊かな構成。精緻に計算された製版指定とそのあざやかな効果。音楽好きは、和田さんのデザインに、“視覚”以上に“琴線”を刺激されることでしょう。

 和田さんの描き文字も独特の表情を持っています。ある書体メーカーが和田さんの描き文字をフォントにしたい、と申し出、和田さんも乗り気だったのですが、なかなか事が進まない。カナだけでなく漢字も含めて最低6千字は必要という日本語フォントのハードルもあるでしょうが、原因はそれだけではなさそう。描き文字だったら、同じ文字が頻出しても表情を自在に変えられるけれど、フォントだと一様にならざるを得ない。音楽で同じフレーズを繰り返すとき、まったく同じように演奏することがないように、和田さんの描き文字は、常に息づいて自在に表情を変えていく。生きもののような描き文字を一定の枠にはめることに、和田さん自身がどうも気が進まないように思えてなりません。

◎「似顔絵」としてのデザイン

 もう一つ、和田さんのイラストレーションで際だつのが似顔絵の見事さ。和田さんの似顔絵は、たいてい目は点で口は一本線。美術の時間にこんな描き方をしたら怒られそうですが、この単純なモジュールを、ちょっと配置を変えたり傾けたりするだけで絶妙の似顔絵に仕立ててしまう。おそらくこのマジックは、人間のパターン認識に深く関わるもので、当面コンピュータでは解析できないと思うけれど、考えてみると「装丁家=ブックデザイナー」という職能には、本の内容を的確に捉えて「本の顔」に仕立てる「似顔絵師」という一面があるのかもしれません。

 肖像画は単に相手に似ていればいいけれど、似顔絵は違う、ただ似ているだけの似顔絵なんてちっとも面白くない。「似顔絵には対象を風刺し批評する眼が必要なんだ」と和田さんは述べています。比較的アクがないと思う和田さんの似顔絵ですが、マレーネ・ディートリッヒが和田さんの似顔絵を見て「これは私ではない」とご機嫌斜めになったのは、そんな和田さんの批評眼を感じとったからに違いありません。

 和田さんの装丁やレコードジャケットのデザインは、深い分析と批評にもとづく作品の「似顔絵」であり、オマージュだと思うのです。前述のmodernという形容と矛盾するようですが、和田さんは東西の古典作品を徹底的に研究して、そのエッセンスを“本歌取り”よろしくポンとmodernに放り込む。すごく新しいけれど、その核心部分を数千年の時を経た古典のエッセンスがしっかりと支えている。日本の「モダン」デザインの多くが、いま見ると痛々しいくらい「modernでない」のに比べて、和田さんのデザインは古くならない。その秘訣は、そんな「温故知新」にあるのではないでしょうか。ポスターと違って、長い年月にわたって読み継がれる本にとって、中身はもちろんのこと、装丁が「古びない」のは、とても重要なポイントです。

 デザイナーのなかには、杉浦康平さんや菊地信義さんのように、描き文字やイラストレーションといった装丁家の個性を反映する手わざを封印する方もいるけれど、和田さんの作風はその逆。まさにWadaland。そこには画力やデザインセンス以上に、物語を紡いでいく才能がきわだっています。和田さんのお父さんは築地小劇場の創立メンバーとして音響や照明を担当し、のちに放送局に勤めラジオドラマを多数演出して「ラジオの神様」と呼ばれた和田精氏。和田さんも小さなころからラジオを聴き続けていたそうです。なるほど、抜群の想像力とストーリーテラーの才能はこうして育まれたのかもしれません。

 和田さんが、本の裏表紙(出版関係者は表4と呼びます)に印刷されるバーコードに徹底的に抵抗するのも、こうした無粋な“規則”によって本を装う「物語」が寸断され、台無しにされてしまうことへの怒りからでしょう。アルテスから刊行された2冊の本も、バーコードは表4ではなく帯に刷られています。和田さんが装丁した本を手にするたびに、イラストレーションやデザインのすばらしさだけでなく、「お前は物語を紡いでいるか」と問いかけられるようで、いつもドキリとしています。百聞は一見に如かず。ぜひリアル書店で2冊のWadalandを手にとってください。

【プロフィール】
かつらがわ・じゅん:装丁家。1987年立教大学大学院文学研究科修士課程修了。『吉村昭歴史小説集成』の装丁で第44回造本装幀コンクール日本書籍出版協会理事長賞受賞。「世界でもっとも美しい本」(於:ライプチヒ)等で展示される。
著書に『本は物である──装丁という仕事』(新曜社)、共著書に『本は,これから』(池澤夏樹=編/岩波新書)等。ウェブサイトは「桂川 潤」で検索。http://www.asahi-net.or.jp/~pd4j-ktrg/