ボストリッジの歌唱は、綱渡りのように人間の存在を薄氷に置く──青澤隆明さんが『ソング&セルフ』を書評

音楽評論家の青澤隆明さんがイアン・ボストリッジ著/岡本時子訳『ソング&セルフ──音楽と演奏をめぐって歌手が考えていること』を書評してくださいました。時事通信の配信で、陸奥新報(3月16日)、デーリー東北(3月17日)、島根日日新聞(3月21日)、十勝毎日新聞(3月22日)ほか地方紙各紙に掲載されています。

 歌はおそろしい。ときに存在そのものに問いかけを挑むように、聴く者のアイデンティティーを根底から揺さぶるからだ。

 音楽化する段で、既に作曲家は詩を解釈している。作品と演奏の位相も一枚岩ではない。過去の時代に書かれた曲を生きるとき、現在からの批評的な視座も加わってくる。
 ボストリッジの歌唱は、常に存在の問いとして放たれる。自己のアイデンティティーを危険にさらすまでに作品と対峙し、聴衆と向き合うからだ。歌い手のアイデンティティーは、詩と音楽と演奏との間で引き裂かれもする。彼はその分裂や断層に鋭敏に介入し、綱渡りのように人間の存在を薄氷に置く。

青澤さんならではの詩的で哲学的な〝読み〟によって、この本の真の姿があらわになるような評文でした。