フランス本国にもまだない、輝かしい成果のひとつ── 『音楽学』に『マルグリット・ロン』の書評掲載

日本音楽学会の発行する学術雑誌『音楽学』第69巻(2023)2号に、神保夏子著『マルグリット・ロン──近代フランス音楽を創ったピアニスト』の書評が掲載されました。評者は音楽学者の椎名亮輔さん。

 この作業[ロンによるフランスの三大巨匠(フォーレ、ドビュッシー、ラヴェル)にまつわる権威的言説の形成過程を検証すること]を著者は、論理的に系統立てて筋道を追うことによって、そして(おそらく多くの時間を費やしたであろう現地での丹念な調査によって得られた)多くの未発表資料を駆使しながら、実に手際よく見事に遂行していく。その論述はわかりやすく明快で、読者は心地よくその流れに身を任せていられる。それも無味乾燥な資料の連続を突きつけられるのではなく、当時のパリ楽壇・パリ音楽院の実情を生き生きと描き、またロンとフォーレ・ドビュッシー・ラヴェル(さらには、ロンの夫ジョゼフ・ド・マルリアーヴ、フォーレの弟子[ロンには必ずしも好意的ではなかった]ロジェ゠デュカス、ドビュッシーの未亡人エンマなども含め)らとの交流・敵対・複雑な人間関係の内実に私たちを引き入れてくれる楽しみもある。

本書はそれ[従来の作曲家とその作品を中心においた西洋芸術音楽研究]に強烈に異議申し立てをする。いまある音楽を形作っているのは、[…]それ[作曲家が書いた作品]を「現実化」する演奏家であり、そのパフォーマンスを取り巻くさまざまな状況(言説・伝統・様式)である。そのことを本書は、非常に説得力をもって、ひとりの女性ピアニストのキャリア形成、そしてその途上で「利用された」三人の作曲家たちの「フランスを代表する三大巨匠」化プロセスを克明に描くことでわたしたちに示しているのである。[略]本書はそのような研究の、フランス本国にもまだない、輝かしい成果のひとつである。

このように、(いくつかの説得力を欠く論述への指摘も加えながら)ひじょうに高く評価していただきました。