音楽評論家(ご本人は「音楽物書き」と名乗っておられます)の加藤浩子さんがご自身のブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」にて、『つながりと流れがよくわかる 西洋音楽の歴史』(岸本宏子+酒巻和子+小畑恒夫+石川亮子+有田栄 著/河合千明 イラスト)を熱く熱くレビューしてくださいました。
岸本宏子先生の遺言、良書です。「つながりと流れがよくわかる 西洋音楽の歴史」(アルテスパブリッシング)|加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)
「つながりと流れがよくわかる」というタイトルは、本物です。
から始まり、
まず表紙のイラストに描かれている音楽家がびっくりです。表表紙がモンテヴェルディ!とベートーヴェン。裏表紙がジョスカン・デプレ!!!とモーツァルトです。モンテヴェルディはまだしも、ジョスカンですよジョスカン。ジョスカンの曲聴いたことある方手をあげて!なんて呟きたくなります。
狙いは明らかですね。「音楽史」は、[…]どうしてもルネッサンス以前と20世紀以降が弱い。それはいわゆるクラシック音楽のレパートリーが19世紀中心だからなんですが、これ、例えば美術史と比べるとすごく困るんです。だってルネッサンス美術(ジョスカンの時代)ってすごく豊かではないですか。それに引き換え、ルネッサンス音楽に親しんでいる、というか、そもそもルネッサンス音楽と言われて、イメージできる人ってどれくらいいるんでしょうか?難問です。
「中世、ルネサンス」の章を担当し、巻頭言にあたる「ごあいさつ」、序章、そして「終わりの始まり」と題された終章を担当した岸本先生は、「西洋音楽は1960年台代から「終わり」に差し掛かっている」と総括します。理由は、神聖ローマ皇帝の子孫が絶滅し、カトリック教会が変容して「神聖ローマ帝国と教会」という二頭立てが完全に消滅したことと、テクノロジーによる世界の変容です。興味深い。(そう、今は転換期かもしれない、ということは、コロナ禍でも思いました。)
本書を貫いているのは「西洋音楽の基盤となる社会、文化的な要素」を理解することの重要性です。それがわかって、初めて「流れ」が見えてくるからです。
と、他の類書と本書がどう違うか、「つながりと流れがよくわかる」というタイトルにこめた思いを、鮮やかに解き明かしてくださっています。
ちなみに、加藤さんが着目してくださったカバーデザインは、デザイナーの河合千明さんのアイデアによるものなのですが、このデザインプランを提出したとき、著者のひとりの石川亮子さんが驚いて、こんなエピソードを教えてくださいました(そのときすでに岸本先生は本書制作の一線から退かれ、他の著者にすべてをゆだねておられました)。
岸本先生が以前、石川さんと、音楽史上における天才は誰かという話をしていたとき、「それはジョスカン・デ・プレとモーツァルトよ!」と断言され、「モンテヴェルディとベートーヴェンは時代を動かした天才ね。でも時代を完成した天才はジョスカンとモーツァルトよ!!」とおっしゃっていたそうなのです。
デザイナーの河合さんと相談して、本書のなかでも大きく紹介されたその4人の作曲家をカバーイラストにあしらうことになったのですが、ここまでぴったり符合するとは、ほんとうにびっくりでした。それもみな、岸本先生の音楽史観を関係者全員が共有していたからこそ、起こった奇跡なのでしょう。
本書は岸本先生が、初めて編集者のご主人と作られたご本だそうですが、ご主人は途上で旅立たれ、そして岸本先生も、本が書店に並ぶ前に逝かれたそうです。遺言ですね。でも、遺言が残せるって、お幸せなことだな、見事なことだな、と感じました。
クラシック音楽好きな方に限らず、ヨーロッパ文化に関心のある方、ご一読をお勧めします。
本をつくった側からすれば、岸本先生にできあがった本をあと一歩のところでお見せできなかったのはまさに痛恨の極みなのですが、このように書いていただけると少し救われる思いがします。加藤さん、ありがとうございました!