音楽的な関心から生まれたテーマが世界情勢と共鳴した|ルネ・マルタンさんによる『「亡命」の音楽文化誌』への序文を公開します

今年の「ラ・フォル・ジュルネ音楽祭」日仏共通オフィシャルブックとなっているエティエンヌ・バリリエ著/西久美子訳『「亡命」の音楽文化誌』は、3月16日の発売に向けて現在鋭意制作を進めておりますが、音楽祭のアーティスティック・ディレクターであるルネ・マルタンさんから日本版の読者に向けてのメッセージが届きました。このメッセージは同書に序文として掲載予定ですが、一足先にこの場で公開いたします。

日本語版に寄せて

 「Exil(亡命)」を「ラ・フォル・ジュルネ音楽祭」の開催テーマにしようと思いついたのは、今から4年前のことです(その後、このテーマは「新しい世界へ Vers un monde nouveau」というより開かれたコンセプトへと進化しました)。このテーマであれば、じつに幅広く、多様なアプローチが可能になることに気がついたのです。ことに19、20世紀に政治的な理由で祖国を追われた作曲家たちは、聴くひとの心に深く響く作品を数多く残しました。彼らが自分たちのルーツから遠く離れた場所で書きあげた作品は、どれも意味深く、感動的です。その中には、演奏される機会がまれで、一般的にはあまり知られていない作品もたくさん含まれています。そのような音楽を、ぜひラ・フォル・ジュルネを通してみなさまにお聴きいただきたいと思いました。亡命を経験した作曲家たちの音楽には、ノスタルジーとともに、「新しい世界」と出会う欲求や希望を感じとることができます。それは今日を生きる私たちにとっても、このうえなく重要な意味を持つのではないでしょうか。
 このテーマで音楽祭の開催を決意した当時、移民の問題が世界中でこれほど深刻な政治的課題になるとはまったく予想していませんでした。もしもそれを知っていたなら、あえてこのテーマを見合わせていたかもしれません。つまり「亡命」は、時流に乗って選ばれたテーマではなく、純粋に音楽的な関心から生まれたテーマです。それが偶然にも、昨今の世界情勢と共鳴したのです。
 著者のエティエンヌ・バリリエ氏は、私が尊敬してやまない小説家・随筆家で、音楽はもとより、芸術や哲学に大変造詣が深い方です。さまざまな「亡命」作曲家たちの人生について書かれた、この豊かですばらしい内容が詰まった本を、日本のみなさまにいち早くお届けすることができ、うれしく思います。

2018年2月 東京にて
「ラ・フォル・ジュルネ」音楽祭 アーティスティック・ディレクター
ルネ・マルタン