〈叢書ビブリオムジカ〉

信時潔音楽随想集 バッハに非ず

定価:本体2400円[税別]

  • A5判・並製 | 212頁
  • 発売日 : 2012年12月3日
  • ISBN 978-4-903951-60-7 C1073
  • ジャンル : クラシック/作曲家/エッセイ
  • 装丁:折田 烈(餅屋デザイン) カバー装画:熊谷守一『朝の日輪』(1955) 愛知県美術館蔵/木村定三コレクション

楽壇の父・信時潔(1887‒1965)の音楽論、初の書籍化。

川本三郎氏(評論家)、推薦!

長く封印されていた「海ゆかば」の作曲家の心がいま静かに伝わってくる。
バッハを愛し、ベートーヴェンを敬い、バルトークを讃える芸術家の柔らかい心が──

「海ゆかば」「海道東征」「沙羅」……
数々の名作を残し、東京音楽学校教授として数多くの後進を育てた作曲家・信時潔(1887〜1965)が、戦後、武者小路実篤の呼びかけで参加した同人誌『心』に寄せた音楽随想・座談を集成。
バッハ、ベートーヴェン、バルトーク、カザルスら大音楽家たちへの敬慕、そして「海ゆかば」への思い──。
日本楽壇の礎となった作曲家の素顔が蘇る。

ベートーベンは、バッハはバッハ(小川)にあらず大海なりといって、その音楽の深遠と業績の宏大を讃えた。…… 東方の音楽的辺土に生れた数ならぬ私が音楽に志を立てたのはバッハのコラールの一つをきいて、これは大変なものだと思ったからである。その後いろいろの大家の大作傑作をきいても、その時の驚きはうすらがず、あれでよかったのだと秘(ひそか)に感謝している。 (本書所収「バッハ小感」より)

プロフィール

  • 信時 潔(のぶとき・きよし)
    1887〜1965。作曲家。
    幼少より賛美歌に親しみ、東京音楽学校(現・東京藝術大学音楽学部)に入学。チェロを学んだのち作曲に転ずる。1920〜22年、文部省在外研究員としてドイツに留学。ベルリンでゲオルク・シューマンに作曲を師事。帰国後、東京音楽学校教授に就任。下総皖一、長谷川良夫、髙田三郎、大中恩ほか数多くの後進を育てた。
    主な作品に、交声曲「海道東征」、歌曲集「沙羅」、独唱曲・合唱曲「海ゆかば」など。『コールユーブンゲン』ほか音楽教科書の編纂・監修にも力を注いだ。

  • 信時裕子(のぶとき・ゆうこ)
    武蔵野音楽大学(音楽学専攻)卒業。
    卒業論文として「信時潔作品目録」を試作。以後、信時潔関連の資料整理と情報収集、目録整備を続ける。2005年、ウェブサイト「信時潔研究ガイド」を開設。以後執筆や講演の機会が増える。08年、六枚組CD『SP音源復刻盤 信時潔作品集成』の企画・構成、解説執筆を担当した(平成20年度文化庁芸術祭大賞受賞)。
    財団法人日本近代音楽財団「日本近代音楽館」に二十余年勤務し、閉館を機に退職。現在、昭和音楽大学附属図書館勤務。
    信時潔の孫(三男の娘)。

CONTENTS

バッハ小感
松江行
ベートーヴェンの音楽──その特質と普遍性について
ゲーテの音楽観
つゆどきの花
私の洋楽遍歴とバッハ
「無題」(聖書はあまり読まないが……)
座談会「音楽一夕話」(信時潔、辰野隆、田中耕太郎、長與善郎、小宮豊隆)
農民音楽の近代音楽への影響──ベラ・バルトークの音楽論
聴覚を失ったベートーヴェンが何故作曲出来たか
雪舟の四季花鳥屛風と音楽
バッハのコラール前奏曲について
新しい単純へのあこがれ
『カザルスとの対話』を読んで──彼の音楽観と作家評
問われるままに
音楽の退屈
南方熊楠翁未発表の書簡
座談会「音楽美術夜話」(信時潔、上野直昭、辰野隆、田中耕太郎、小宮豊隆)
日本音楽界の現状とその将来についての随筆的考察
ワグネル雑感
音楽思い出話──四十年前のベルリン楽壇
歌詞とその曲
南方熊楠翁──高野の一と月
望ましい音楽
座談会「絵と音楽」(熊谷守一、信時潔、田中耕太郎、嘉治隆一)

追悼文
「信時潔君追悼」(颯田琴次)
「残された大きな孔」(嘉治隆一)
「恩師信時先生を偲ぶ」(長谷川良夫)

解説(信時裕子)
編者あとがき(信時裕子)

著作・執筆一覧
年譜