映画は本来いかがわしさも含めて精神医学ときわめて親和性が高い──『日本病跡学雑誌』に『シネパトグラフィー』の書評掲載

日本病跡学会の学会誌『日本病跡学雑誌』No.110(2025年12月25日発行)に小林聡幸編『シネパトグラフィー 映画の精神分析』の書評が掲載されました。精神科医で筑波大学教授の太刀川弘和さんによる3,700字におよぶ充実した書評です。

以下に何カ所か引用させていただきます。

[これまで]映画の持つ精神医学的な意味を本気で検討するような書物は少なかった。しかし,映画と精神医学は時代的にも構造的にも特別な関係にあることは疑いない。
 [略]暗い映画館で光るフィルムに焼き付けられた映像を覗き見る映画鑑賞の行為自体が窃視症的、神経症的であることは以前から指摘されており、映画の撮影から上映までの構造自体が夢に類似したものとして精神分析の論考対象とされてきた。つまり、映画は本来いかがわしさも含めて精神医学ときわめて親和性が高いのである。一方で、これまで映画は、音楽や小説、絵画など、他のアートに比して必ずしも病跡学の対象になってこなかった。その理由として、本書でも述べられているが、映画は大勢の人がかかわって作成、消費される商品であり、他のアートに比して個人の表現精神病理の対象にしにくいことがあげられる。

 本書は、名だたる映画作家の中でも一般受けするとはいえないマニアックな作家を対象に、精神病理・精神分析的な手法を用いていて真面目に論考している点で、「正直」なのである。「シネパトグラフィー」という本書のタイトルすら、ジャン・コクトー監督が使用にこだわった映画を意味するフランス語「シネマトグラフ」とかぶっていて、映画愛を感じさせる。

斎藤[環]氏の「といっても間違いではないだろう」といいながら、どんどん仮説を重畳させていく論考[「デイヴィッド・リンチ 強度の技法」]は、文体自体がなんだかリンチ的で興味深い。

 なにしろ、次々に出てくる映画作家がマニアックすぎて笑ってしまう。一般の病跡学では、精神医学的な解釈を展開する前提として比較的有名な作家を対象にしているが、皆さんは本書に登場する映画作家のどれくらいを知っているだろうか。しかし映画狂なら、これらの監督たちはみな極めて個性的な映画を作り、大変な人生を送った作家たちであることを知っているし、本書の興味深い論考に、にやにやすること必定である。80年代に渋谷・新宿の映画館や神田の古書街を徘徊していたアート好きな皆さんはもちろんのこと、映画狂の皆さんにも、精神科医の皆さんにも、本書は自信をもっておすすめしたい。

映画を観ることも、「人間の心理を覗き見る映画作家の心理を覗き見る」という「シネパトグラフィー」的な行為なのかもしれません。