アルテス4月の新刊、第1弾は超重量級! 作曲家・ピアニストで東京藝術大学音楽学部作曲科准教授の林達也さんの著書『新しい和声』です。
B5判・400頁というヴォリュームもさることながら、東京藝術大学音楽学部(全専攻科)および同大学附属音楽高等学校でこの4月から教科書に指定されたこの教本は、従来の和声教育を一新するインパクトじゅうぶんの1冊です。同書に掲載された小鍛冶邦隆さんによる「解説」には、その歴史的意義が明らかにされていますので、ひとあし先に公開いたします。
解 説
小鍛冶邦隆
明治政府によって音楽取調掛に招かれたお雇い外国人教師ルドルフ・ディットリヒ(1861–1919)は、明治21–27年(1888–94)の日本滞在時に、音楽取調掛が編纂した『小学唱歌集』などへの、ヨーロッパの調性音楽にもとづく和声付けを試みた。
日本で明治時代以降おこなわれてきたヨーロッパ近代音楽の受容は、唱歌にみられるような、学校教育における日本語テクスト(歌詞)の旋律構成(言語=音楽の韻律化)と、音楽的構成(形式)と表現としての旋律への和声付けが、その重要な契機となったと思われる。
日本的感性(言語・韻律)とヨーロッパ近代音楽の調的和声のあいだに生ずる問題は、音楽もまた音韻・文法・修辞法と切り離せないという意味で「言語」であるとするなら、声楽作品のみならず器楽音楽にあっても、両者の厳密な比較からしか解決できないのはとうぜんであろう。
戦前にヨーロッパ音楽文化から直輸入された「和声法」は、ヨーロッパ的論理と日本的感性のあいだを揺れ動きながら、日本の音楽文化のなかで教育と創作に直接かかわるものとして影響をおよぼし続けてきた。戦後にまとめられた島岡譲(執筆責任)『和声 理論と実習』から『総合和声』にいたる、いわゆる「島岡和声」は、そうした根本的問題を避けながら、効率的な教育法・学習法を追究するものであった。
こうした現状にあって、大学における専門的音楽教育の根幹ともいえる「和声」を、歴史的視点から見直し、日本固有の状況のなかで、いかにしてその教育目的と方法とを見出していくか──本書の著者である林達也氏を一員とする東京藝術大学音楽学部作曲科の教員たちが共有する問題意識はここにあった。
本書の出版は、今後の音楽大学での和声やソルフェージュ授業、さらに作曲の専門課程における基礎教育を可能にするために企図された。また東京藝術大学においては、長らく使用されてきた「島岡和声」による教科書からの刷新を意味することでもある。
ヨーロッパ音楽にあっては、理論であると同時に、演奏実践にかかわる技術でもある「和声」を、数字付き低音(通奏低音)の伝統と機能主義という近代的原理から読み解きなおす作業は、彼我の文化と言語の壁を再認識することであると同時に、人間主体の「知」の可能性としての「音楽」を再確認する作業でもある。
バロックの黎明期(=音楽の近代)に提唱された「新しい音楽(Nuove musiche)」ならぬ「新しい和声(Nuova armonia)」として、日本の音楽専門教育の新たな基点となるべき著作が生まれたといえよう。こかじ・くにたか
作曲家、東京藝術大学音楽学部作曲科教授
発売は4/20。どうぞご期待ください!